2011年12月31日土曜日

鳥と地球

午後4時半。あたりは暗くなり始めます。
電気をつけずに窓際で本を読んでいると、少年が近づいてきました。

色紙でつくった鳥を見せにきたのです。
その鳥はジョンブリアンの身体に、深い緑の羽を持っています。

暗くなった部屋の床に、小さな白いボールが転がっているのが見えました。
その球は輝くほど白く見えたので、月みたいだねと彼にいうと、あれは地球だと答えました。

不思議に思ったので、地球を見たことがあるのかと尋ねると、彼は僕から離れていきました。

2011年12月24日土曜日

ex-chamber museum

幕内政治さんのex-chamber museumにNICHE GALLERYでの個展「遠近」のレビューを書いていただきました。

作家にとって、このような文章を書いていただくことはとても励みになります。

今回の展示テーマである、イメージと現実との距離にも言及していただいています。
また展示作品の画像も多く載っていますので、是非ご覧になってください。

2011年12月23日金曜日

美じょん新報

美術新聞である「美じょん新報」の中で、先月のNICHE GALLERYでの個展を、瀧悌三先生が批評してくださりました。短い文の中に、若い作家への励ましが込められており、とてもうれしかったです。

この美術新聞に載せていただくのは今回で4度目です。いつかお会いして、感謝の言葉を伝えたいと思っています。


美じょん新報 第147号
ビジョン企画出版社

2011年12月21日水曜日

色と記憶

町工場の二階の窓が開いています。
電車から見えた、三河島の風景です。

窓辺には黄色と青のブラウスを着た女性が立っています。
こちらからの視線にはまるで気づかずに、華奢な水差しで花に水やりをしています。

この光景を見たのはまだ僕が大学生だった頃です。
町工場の煤けたグレーとブラウスの色との対比が鮮烈で、今もそこを通るたびに、目が彼女を探してしまいます。

2011年12月16日金曜日

オレンジジュース

駅のホームでオレンジジュースを買いました。
電車に乗ると、どこからか強い視線を感じます。

向いに座っている女の子が僕の手元を見ていました。
彼女がジュースを飲みたがっていることは明白です。

僕はどうしていいのかわからず、意味もなく笑ったような顔をして、席を移動しました。

彼女をがっかりさせてしまったに違いありません。

2011年12月15日木曜日

美しいもの

今日はベランダから、3つの流れ星を見ることができました。
すべてはっきりと覚えています。
本当に、本当に美しかった。

2011年12月11日日曜日

ぼやけた輪郭

皆既月食。
大地の背中を燃えさかる太陽が強烈な光と熱で照りつけ、月に我が身の存在を焼き付ける。

僕はベランダで一人、横たわってそのときを待ちました。

月はだんだんと地球の影に隠れ、三日月のようになります。

赤みを帯びてきた月。
あと少ししたら、閃光のような白が完全に消え去り、そこに逆さまの大地を見ることとなるでしょう。

けれどそこに現れたのは煮え切らない輪郭。
地球の影は、なんてぼやけているんだろう。
これが現実なのだと、悲しい気持ちになり、僕はため息をつきました。

今日は朝まで起きていようと思います。
こんな日は、少しでも早く太陽を見たくなるのです。

2011年12月9日金曜日

口笛

大抵の裏塀の上は、猫の道になっています。
塀には人型のシミがあって、子どもはそれに意味を与え、おもしろがったり、怖がったりするものです。

家の影になり、湿った地面には、地蜘蛛が巣を作ります。
塀に張り付いた白い綿のような巣を引っ張ると、蜘蛛があわてて出てきました。
それだけのことです。

ある日、捨てられた自転車のかごに入っている蛇の抜け殻を見つけました。
蛇は濡れた身体を左右に揺らし、音もなく草むらを抜けていったのでしょう。

夜になるのを待ち、縁側でこっそり口笛を吹きました。
蛇は姿を現しません。

僕は蛇のことなんて、本当はどうでもよかったのです。
ただ、まわりにあるいろんなことにがっかりしたのです。

2011年12月7日水曜日

カラスと目が合う

大通りから小道に入る角のゴミ置き場に、カラスが一羽とまっています。
僕はその角を曲がったところで、決して愉快とはいえない用件を済ませなくてはなりません。
カラスは自転車で近づいてきた僕を一瞥し、またゴミをつつき始めます。

子どもの頃に聞いた、カラスと目を合わせると、寝ている間に眼球を盗まれてしまうという話を思い出しました。
振り向いたカラスを見ると、僕は目を逸らします。
視覚を失いたくないからです。

カラスは人の心を見透かすように行動します。

僕がそのくちばしを恐れていることを彼らはよく知っているはずです。

2011年12月5日月曜日

漱石の絵

立ち寄った古本屋で南画の図録をめくっていると、ひと際妙な絵が目に飛び込んできました。
作者をみると夏目漱石とあります。

これはおもしろいなと早速購入し、部屋でゆっくりと観ることにしました。

山水をモチーフとした作品で、決して上手とはいえませんが、生真面目さを感じる絵です。妙な形の山が丁寧に描かれています。画面の端々まで曖昧な場所がありません。
「青嶂紅花図」という絵は中心に道が通っていて、それを辿っていくと、山間に咲くピンク色の花を見ながら奥の高山の麓までいくことができます。
その道と並んで画面の端に川が流れていることも見逃せません。左下には川を下ってきた小舟が漂っています。
漱石は山道と川の流れで反時計回りの円運動をつくりたかったのでしょう。その証拠に右下には小さく船着き場らしきものを描いています。

技術的にはアングルのバイオリンとはいかないようですが、作画が晩年の楽しみだったのが伝わってきます。

子どもの頃に読んだ「吾輩は猫である」を久しぶりに開いてみました。
はじめの数ページを読んだだけで引きつけられます。

最近はサリンジャーを再読しています。部屋にあるグラースサーガをすべて読み終えたら、漱石を読みなおすのもいいかもしれません。

2011年12月3日土曜日

子どもの絵

小学生の男の子が、学校の授業で描いた運動会の絵を、もう一度描き直すようにいわれたそうです。
理由を訊くと、彼の使う色が黒や紫など暗い色ばかりで、それではちっとも楽しそうに見えないからだといいます。

僕はなんだか可笑しくて「じゃあ僕の絵もきっとダメだね」といって彼と一緒に笑い合いました。

本が好きな彼にエッシャーの画集をあげました。
今はまだよくわからないと思いますが、だんだんと楽しめるはずです。

2011年12月1日木曜日

12月のはじめの日、赤い傘

12月になりました。今日は雨降りと霧の間。
傘はさしてもささなくても、どちらでもいいような天気です。

区役所を通りすぎた辺りで、前方から黄色い落ち葉を蹴散らし、小学生が7人やってきました。
6人の少年。赤い傘の小さな女の子が1人。
すれ違う時、彼女は僕の靴を見ました。
不思議に思った僕は立ち止まり、靴を見直しましたが、特に変わったところはありません。

飛行機の音が響きます。
空を見上げると、鈍色の分厚い雲が低くとどまり、ちらちらと雨が舞っていました。
大勢の人を乗せた飛行機は雲の上を通過しているでしょう。

傘をさした僕はただただ喉の渇きを感じたのです。